【書評】「1976年 桜美林高校 イエスイエスイエスと叫ぼうよ 」(菊地高弘/ベースボール・マガジン社)

『1976年桜美林高校』のMVP画像

優勝よりもドラマティックだった彼等のその後

ベースボールマガジン社から出ている、この『激闘の記憶』シリーズ。正直あまりそそられることがないのですが、今作は『下剋上球児』(カンゼン)で2019年の野球書店大賞を受賞した菊地高弘氏が書いています。ならば読まないわけにはいきません。

表紙にある『イエス イエス イエスと叫ぼうよ』というキャッチ(桜美林の校歌の一節)に、落研出身の菊地氏の抑えられないユーモア精神を見た思いがします。ページをめくる前から本屋でニヤニヤしてしまいました。

1976年には、記憶はなけれど個人的に強い思い入れがあります。なぜなら私が生まれた年だから。桜美林の甲子園初戦は、私がこの腐敗した世界に産み落とされた一週間後のことだったようです。私の父は定年退職後に高校野球の審判になったほどの高校野球好きですので、もしかしたら父の腕の中から私もこの試合を見ていたかもしれません。

桜美林は甲子園で次々と古豪、強豪校を撃破して頂点に登り詰めるのですが、その対戦相手には銚子商の宇野勝、星稜高校の小松辰雄、PL学園の米村明など、後に中日で活躍する顔ぶれが揃っていました。この8年後、中日ファンとなり選手名鑑に書かれていた住所を頼りに小松に年賀状を送ることなど、生後間もなかった私はもちろん知りません。

甲子園優勝校でありながら監督と部長がどうしようもなく仲が悪い。一方で選手達は猛練習に耐える精神力と、自分で考えて行動できるスマートさを併せ持っていた。いい意味で「個」が強く、逞しかった。それが甲子園で優勝できた要因の1つだったように思えます。

「彼等はその後どんな人生を歩んだのかな? 今は何をしてるのかな?」

途中からそんなことを思い浮かべながらページを進めました。
彼等の多くが卒業後、あらゆる世界で活躍をしているのですが、中でもエースで「自己顕示欲の固まり」だった松本、キャプテンで「鉄人28号」と呼ばれた片桐、高い野球IQを持ち「くせ者」と呼ばれた中田のその後の活躍ぶりには、「うそっー!?」と1人で声を出してしまいました。
「試合前にカブトムシを捕まえていた、あの松本がなぁ………」
私が生まれた1976年と令和3年が時空を超えて繋がりました。驚きです。
(第10章「オベリンナーの誇りを胸に」から読み始めても面白いと思います!)

『1976年桜美林高校』を通じて、自分の知らない生まれた年の甲子園を追体験できた思いがしました。
高校野球に歴史あり。監督にも歴史あり。選手一人1人のドラマは、その後の人生でも続く。
読後にそんなことを思いました。

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