【書評】「無名の開幕投手 高橋ユニオンズエース・滝良彦の軌跡」

溢れ出る書き手の情熱

40代以上の野球好きには懐かしい「ズームイン朝!」の名物コーナー「プロ野球イレコミ情報!」。中京テレビのアナウンサーで中日を担当していた一人がこの本の著者佐藤啓さん。
そんな佐藤さんがプロ野球選手を一人も輩出していないと思っていた母校南山大学出身のプロ野球選手がいたことを偶然知り、調べてみるとプロ野球に3年間しか存在しなかった高橋ユニオンズで開幕投手も務めた人物らしいということが分かります。
そこで本人を探し、会いに行き、多くの関係者に取材を重ねてまとめあげたのがこの一冊です。

その選手の名前は滝良彦。
最弱球団とも呼ばれた高橋ユニオンズのエース。
プロ通算44勝。

そんなこと言われても誰も知らないですよね(笑)。

84歳で今年2月に亡くなった野村克也がプロ入りした年よりも2年早い昭和27年にプロ入り。野村は高卒でプロ入りでしたが、滝は大学・社会人を経てからのプロ入り。野村よりも7歳も歳上になります。ちなみ滝がユニオンズで主戦投手だった頃は野村はまだ2軍選手で対戦はなく、野村も「滝さん、覚えてないな」と本書で答えています。
店主が物心ついたときの中日監督だった山内一弘と同郷、同期であり、その頃既にベテラン解説者だった西本幸雄や青田昇などとも対戦しているのですから、ほとんど歴史上の人物です。

ほぼ無名の投手であるとはいえ、プロで1勝も挙げられない、1軍で登板することも叶わないままユニフォームを脱ぐ選手が多い中、44勝のほとんどを打線の援護が絶望的に望めない最弱球団で稼いだことは十分に評価されるべき実績であると思います。ましてや開幕投手も務めているのですから。

軟式社会人野球からプロ入りした滝は戦後まもない豪傑揃いのプロ野球において酒を好まず読書が趣味。投球スタイルは決して速くはないボールと変化球を丁寧に内外角に投げ分けて打ち取るスタイル。カモは榎本喜八で苦手は中西太。
上下関係が今よりも厳しかった時代でしたが、多くの取材対象者が「滝さんは後輩に優しい人でした」と証言するなどその人柄も良し。引退後はプロ入り前に所属していた愛知トヨタの関連会社に再び雇用され、最終的には役員にまで上り詰めるなど、第二の人生でも活躍しました。

病魔と戦った晩年は体も弱り、毎年楽しみにしていた高橋ユニオンズのOB会にも参加できなくなります。佐藤さんと滝さんの最期の場面では鼻の奥がツーンとしてしまいました。まるで自分の祖父の最期を伝え聞いたような想いでした。

この本は400ページ近くもある力作ですが、プロ入り後から引退、晩年にかけて描かれた後半部分は一気に読むことができた反面、プロ入り前の話が中心で知っている名前もほとんど出てこない前半は正直ページをめくる手が重く感じられました。
それでも決して手が止まらなかったのは「この人のことを伝えたい!」「この人のことを知って欲しい!」そんな佐藤さんの情熱のようなものが感じられたからでした。

本業はアナウンサーでありながら多くの人に会い、話を聞き、本にまとめた佐藤さん。取材した何人かの人は高齢のため出版を待たずに鬼籍に入られました。できれば滝さんも関係者も存命のうちに本を出したかった。そんな無念な思いも感じながら書き上げられたのでしょう。

南山大学OB、高橋ユニオンズのエースだった滝良彦。
佐藤さんのおかげで多くの野球ファンに知られたと思います。

「無名の開幕投手 高橋ユニオンズエース・滝良彦の軌跡」

佐藤啓
桜山社
2640円

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