人間・野村克也の最晩年を描いた傑作ノンフィクション
ノムさん本はこれまで嫌になるほど多く出版されていますが、他者の目線から「人間・野村克也」の最晩年を描いたノンフィクションはこの本しかないと思います。
著者は元サンケイスポーツ記者の飯田絵美さん。
若かりし頃は「女なんかに野球が分かるか」と1年以上も口をきいてもらえなかったところから時間をかけて信頼を勝ち取り、いつしか孤独な老将に頼りにされ、最晩年はまるでおじいちゃんと娘のような関係性を築いていました。
そんなノムさんとの最後の1年を綴った本がこの『遺言 野村克也が最期の1年に語ったこと』なのです。
「自分なんか人望がない」
「俺は人を残すことができたのだろうか」
サッチーに先立たれ、生きる気力も生きる意味も見失いそうな老将はそんな自問を繰り返します。そんなノムさんを励ますべく、彼女は奔走するのでした。ヤクルト時代の番記者達に声をかけてノムさんを囲む会を開催しては野村を喜ばせ、伊藤智仁、川崎憲次郎らかつての教え子達を集めてパーティーを開き、
「監督、あなたにはこんなに人望があるじゃないですか!」
「監督、あなたはこんなにも素晴らしい教え子達を残してきたんですよ!」
そんな風にしてノムさんを励まし、生きる希望を与え続けました。
ノムさんは最晩年にきてなぜ「人を残すことができたのか」と自問を繰り返したのでしょうか? その理由が書かれてある「あとがき」の最後はこう結ばれています。
「少年は84年をかけて、母との約束を守り抜いた」
読了後、私はなぜか不朽の名作映画『市民ケーン』のあまりにも有名な台詞「ばらのつぼみ——」を思いだしました。
ノムさんが生涯守り通した最愛の母との約束とは何だったのか?
ノムさんにとっての「ばらのつぼみ」とは何なのか?
気になる方はぜひ読んでいただきたいと思います。
このほかにも、ここでは書ききれませんでしたが、金田正一の葬儀会場の舞台裏でお互い車椅子になった長嶋茂雄と交わした固い握手とエールの交換。サッチーとの再婚以来生き別れになっていた実の息子との再会。監督を励まそうと集まったかつての記者、教え子達との邂逅。人生の最晩年にきてそれらを素直に「嬉しい」と言えるようになったノムさんの姿など、ウルッと来てしまうエピソード、描写もたくさんありました。
これはなかなかの名作だと思います。
飯田絵美/文藝春秋/1980円(Kindle版 1800円)
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