高校野球強豪校の現役監督が鳴らす警鐘

先日放送されたNHKの朝ドラ『エール』の「栄冠は君に輝く」の回がなかなかの神回でした。高校野球っていいなぁと改めて思いました。
しかし、近年高校野球に対してモヤモヤしていたものを感じずにいられません。そんなモヤモヤを、この本『Thinking Baseball』が少し晴らしてくれたような気がしました。

高校野球の持つ価値と本質

3年間の高校野球生活ー
そんな言葉をよく耳にしますがこれは正しくありません。
甲子園に出られない全国の3年生は7月、出場できた3年生も8月には高校野球生活が終わります。正確には2年4、5ヶ月の高校野球生活ということになります。

この期間は野球技術と体の発育が途上な選手達を鍛えて上達させるには短い時間です。そのため、「甲子園出場」という結果を出すためには野球が上手な中学生を全国から集め、指導者が1から10まで指導した方が効率的なのかもしれません。
もっと言えば、選手達を寮に入れて管理し、坊主頭にして、野球以外のことを考える余地を与えないほどに練習をさせる。そうした方がより効率的に勝てるチームを作りあげることができると言えます。

皆さんの頭に浮かんだ強豪校もほとんどこのパターンではないでしょうか?

しかし、そうした指導に疑問を投げかける現役の高校野球監督がいます。この本の著者である慶應義塾高校野球部の森林貴彦監督です。
ちなみに森林監督は高校野球の監督である一方で、慶応幼稚舎(小学校)の先生でもあります。

慶應義塾高校野球部といえば古くから長髪ですし、「エンジョイベースボール」を提唱しているチームです。そんな高校を率いる森林監督は「高校野球の持つ価値と本質」について本書で次の3つを挙げています。

・困難を乗り越えた先の成長を経験すること
・自分自身で考えることの楽しさを知ること
・スポーツマンシップを身につけること

中でも「スポーツマンシップを身につけること」の大切さについては次のように強調しています。

「高校でスポーツをやることの価値や意味は、スポーツマンシップを身につけ、より良い人間を育てたり、人間力を高めることにあります」

スポーツマンシップの対極にあるのが昨年のセンバツ大会でも問題となったサイン盗みに代表される「目の前の試合に勝ちさえすればいい」という価値観ではないでしょうか。

森林監督は「罪深い」という表現を用いてこういった価値観を持つ指導者を批判しています。

「『バレなければいい』『うまくやった者勝ち」』という人間を育てることになりかねない。こうしたことを高校生にやらせていることは罪深い」

このサイン盗みの問題だけでなく、
「選手から勉強する時間まで奪い、まるでサイボーグのように野球だけをやらせて結果を残したとしても、その選手の最後の夏が終わったときに何も残っていないという人になってしまうのだとしたら、それは大変罪深いことです」

「『昔から坊主頭が当たり前なのだから、それでいいじゃないか』という旧態依然とした習わしに従っただけの思考停止。そちらの方が罪深いと思います」

と本書の中で三度「罪深い」という表現で批判しています。
耳の痛い「名将監督」も多いことでしょう。

教育としての高校野球

「本人にいけるか? と聞いたらいけると言うので使った」

先発ピッチャーが3連投、4連投をしたときの有名監督にこのようなコメントが多いですよね。
普段から選手に威圧的に振る舞っている監督に「痛いので投げられません」と言える選手がどれだけいるでしょうか?

慶應義塾高校野球部ではこうしたことが起こらないように、トップダウン型の一方通行のコミュニケーションではなく、日頃から選手側からも指導者に報告、相談できる双方向型のコミュニケーションができるように、よりフラットな関係性を目指しているそうです。

「それは慶応だからできること」

そんな言葉が聞こえてきそうですが、果たしてそうでしょうか?
入学には高い学力が求められ、野球推薦もない。
入学後は「激戦区神奈川」を勝ち抜くためのハードな練習に明け暮れる一方で高いレベルの勉強も両立しなければならない。
そんな高校でありながら2018年には春夏で甲子園出場を果たすことができたのは「慶応だから」なのでしょうか?

それは「慶応だから」なのではなく、日頃から選手たちが自分で考えて試行錯誤することを繰り返してきたから、そしてそこに選手達が楽しさを見いだしてきたからではないでしょうか?
それこそが「Thinking Baseball」であり「エンジョイベースボール」なのだと思います。

森林監督が目指すのは、選手個々の将来を見据えた指導と勝利の両立です。そんな難しいミッションから逃げない、旧態依然とした”ザ・高校野球”と戦う、そんな決意に溢れた一冊のように思えました。

この本を通じて高校野球、少年野球の世界が少しでも良くなればいいなと思います。

「Thinking Baseball ――慶應義塾高校が目指す”野球を通じて引き出す価値”」


森林貴彦
東洋館出版社
1540円(Kindle版:1540円)

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