野球書店推薦本「止めたバットでツーベース」

止めたバットでツーベース

■店主推薦本(13)

「止めたバットでツーベース」

(著者:村瀬秀信/出版社:双葉社/価格:1620円)

店主の感想

帯には「本書こそ、野球のノンフィクション」とあるものの、目次にプロ野球選手の名前は出てきません。

大して興味も湧かず、本棚に戻そうかと思った刹那、目次の中のある章に目が止まりました。

『第17章 PLチャーハン』

野球本好きの直感!「PLネタにハズレなし!」

期待をふらませてページをめくると、今年個人的に何度かお世話にもなった野々垣武志さん(元西武、広島、ダイエー)のお話でした。何度も脱走したPL時代、3球団を渡り歩き最後は台湾でバットを置いたプロ野球人生、引退後に事故で死にかけた話。そして、いまは薬物治療に励む、かつて付き人を務めた清原和博との突然の邂逅。ちょっとホロっときてしまいました。

そんな読後感に浸りながら思いました。
「この本、一体なんなんだ!?」

俄然興味が湧いてきて念入りにめくっていくと、そこには興味深い話がゴロゴロと転がっていたのでした。

広島の若き主砲・鈴木誠也の地元の話、ホークスの最多勝右腕東浜巨とその大学の後輩、九里亜蓮、薮田和樹、山崎康晃たちの話、俺たちの川崎ムネリンの話、元ベイスターズの大砲古木克明と彼に夢を見たファンたちの話、古い中日ファンには懐かしい岩本好広の話、そしてドカベン香川伸行の話など。

あらゆる年代のプロ野球ファンが楽しめる全方位型の選手ラインナップ。しかも目次にはそれを出さない奥ゆかしさ。

プロ野球選手以外にも広島カープを愛しすぎる僧侶たちの話、ヤクルトを愛しすぎた芸術家と弁当屋の主人の話、そして智弁和歌山の高嶋監督の話まで。「野球に憑かれた男」たちの笑って泣ける珠玉の人情話の数々。

中でも一番興味深かったのは第1章の『君は近藤唯之を知っているか』でした。

新聞記者でありながら「近藤節」と呼ばれる軽妙で独特の文体。3000人以上の選手、監督からエピソードを引き出し62冊もの著作を発表した文化系野球の怪傑。

そんな近藤の真髄は「一行100行」。
一行のネタから百行を書けるだけの筆力を持っていたそうです。そんな圧倒的な筆力を持った近藤は60歳すぎまでプロ野球の人情話しを書き続けました。

しかし、そんな近藤を同業者たちは、
「近藤の記事は妄想物語で根も葉もない嘘っぱち」
「近藤の記事はデタラメ」
と非難しました。

近藤自身も、
「俺は一から百は紡ぐが、ゼロからは一も紡げない」
「本当のことをそのまま書いたらこんな楽なことはない」
「事実を繋ぎ合わせて面白い一つの物語を作り出す」
と嘯きます。

しかし、時代は変わりかつて出せば売れた近藤の本も売れなくなりました。
そして平成20年を最後に近藤の行方を知る者がいなくなります。

84歳になった近藤はどこで何をしているのか?
そもそも存命しているのか?

そんな近藤に会うために、筆者の近藤を探す旅が始まるのです。

もうほとんど小説を読んでいる気分でした。
「死」という言葉が出てこないことを祈りつつページをめくるドキドキ感。
近藤が生きていて筆者と会った時の感動。
そして今も褪せない近藤の野球への敬意に思わずほろり……

そんな珠玉の野球人情話が詰まった『止めたバットでツーベース』を大満足で読了しました。

そしてふと思ったのです。
「この面白すぎるこの本、いったいどこまで事実なんだろう?」

次の瞬間、映画「シックスセンス」のオチが分かった時と同じようにハッとしました!

『君は近藤唯之を知っているか』を第1章に持ってきている意味……

この本、著者が好き勝手に野球にまつわる人情話を面白おかしく書いているようで、実は全編を通して近藤唯之へのオマージュなのではないか? それはプロレスが大好きな著者の大いなる謎かけなのでは?

そんなことを思いました。

この本は「野球に憑かれた大人たち」への、著者の愛で溢れています。
続編を楽しみに待ちたいと思います。

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