【書評】「井上一樹自伝『嗚呼、野球人生紙一重』」

井上さんの不思議な「愛され力」

「俺みたいな男の本、誰も読まんわ」という自虐的な帯のコピー。

「そうだね」と心の中で相槌を打ってしまい申し訳ありません。

星野仙一が亡くなる数ヶ月前、井上一樹が立浪和義と共に星野にインタビューしている映像がYouTubeにあがっています。井上さんはこの二人に無性に可愛がられていたことがこの本から分かります。

入団当初は星野に名前も覚えてもらえず、たまに先輩の巻き添えで怒られる時に「小僧!」と呼ばれるくらいだった井上さん。それが1軍で活躍するようになると「井上!」と呼ばれ、最終的には「一樹!」と呼ばれるまでになりました。ちなみに星野は選手が一人前になると好んで下の名前で呼んだそうです。球界関係者で立浪のことを「和義」と呼んでいたのはおそらく星野だけではないでしょうか。落合のことを「博満!」と呼んでいる姿はちょっと想像できませんが。

星野の自宅に遊びに行き、祇園での御座敷遊びに呼ばれ、甲子園から京都まで車に乗せてもらい、中日を去ることを決意した時には「来年からはもう見てやれないから」と打ち明けられる井上さん。
なぜ井上さんは星野にこれほど可愛がられたのでしょうか?

本書によると、きっかけはおそらく星野主催のゴルフコンペに初めて参加した時だと思われます。その日のラウンドは雨で皆がびしょ濡れ。ラウンド終了後、皆が着替えている中で井上さんは濡れたままの格好で敢えて星野の前をうろちょろしたそうです。「なんで着替えんのや?」というツッコミを待ってましたとばかりに「僕に着替えを買ってください!」とアピール。「仕方ないやつだな」と果たして星野からクレジットカードをくすめることに成功したのでした。

選手から恐れられていた星野の懐にこのような形で飛び込んできた選手は今までいなかったはずです(推測です)。息子のいなかった星野もそんな井上さんを可愛く思ったのではないでしょうか(推測です)。井上さんの家族構成を見ると両親と姉がいるようです。上に姉がいる末っ子は大体甘え上手です(偏見です)。そんな井上さんだからこその「懐飛び込み力」なんですね。

そんな井上さんはPLの先輩清原和博でさえ一目置く立浪さんも恐れません。
知人の葬儀にうっかりクロックスを履いてきてしまった立浪さん。そんな時も慌てずPL仕込みの目配り力を発揮し、葬儀場の警備員の靴が黒いことを確認した立浪さん。すぐさま靴の交換の交渉に井上さんを走らせて事なきを得たそうです。こんな立浪さんの天然ぶりと若干の恐ろしさを漂わせるエピソードを披露しても許されるのは井上さんだからこその芸当なのかもしれません。

そんな井上さんは今年から中日時代に可愛がってくれた先輩、矢野燿大監督に請われて阪神で打撃コーチを務めています。
なかなか目が出なかった若手時代も「井上を2軍に落とせ!」という星野の指示を当時の島野育夫、水谷実雄コーチが「井上にもう一度だけチャンスを!」「井上は1軍で育てましょう!」と何度も庇ってくれたのだそうです。井上さんは本当に多くの先輩たちに愛され、可愛がられたことが分かります。

私がなんとなくこの本を買ってしまったのも井上さんの持つ「愛され力」に引き寄せられたからなのかもしれません。
「PL学園の清原と桑原ー」「1990年の平成元年ー」という誤植には目を疑いましたが、なかなか面白い本でした。
阪神ファンの皆さんも買ってあげてください。

・井上一樹
・ぴあ
・1650円

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