【書評】「まかちょーけ 興南 甲子園春夏連覇のその後」

あの選手達の10年後、そしてメンバー外たちの思い

沖縄県勢として初の甲子園春夏連覇を達成した興南高校。
あの夏から10年ーー

甲子園で煌びやかに輝いた、あの選手達はその後どんな人生を歩んだのか?
沖縄に移住し、彼らを高校時代から取材している作家の松永多佳倫氏が当時の主力選手達を追った一冊が『まかちょーけ』(集英社文庫)です。ちなみに沖縄の方言で「まかせておけ」という意味なんだそうです。

本書に登場するのは高校野球ファンの記憶にも新しいこんな顔ぶれです。
・第一章 島袋洋奨(トルネード投法で甲子園を席巻した小さなエース)
・第二章 国吉大将・大陸(三塁コーチャーの兄とセカンドでトップバッターの弟)
・第三章 眞榮平大輝(強力打線の不動の4番)
・第四章 我如古盛次(甲子園で打ちまくったキャプテン)

そして第五章では監督我喜屋優のインタビュー。最後には我喜屋監督と島袋の対談も収録されています。

結論からいうと、甲子園であんなに輝いていた彼らでしたが、その後の野球人生で誰も大成することはできませんでした。
当時の3年生で唯一プロ入りした島袋は昨年限りでプロ野球のユニフォームを脱ぎました。大学1、2年の時の投げすぎによる故障、その後復活したものの今度はストライクが入らなくなりイップスに。甲子園のヒーローは大学3年秋で「終わりました」(島袋)。
島袋が「潰された」原因を探るべく、著者の松永氏は大学時代の監督に取材をしています。投げすぎについては「無理はするなと言った」「本人がいけると言った」と弁明されていましたが、松永氏はまるで「自分の大切な弟をよくも潰してくれたな!」とでも言いたげに、怒りを押し殺しながら監督の責任を問うています。店主もこの監督に対する怒りが沸々と沸いてしまいました。

双子の国吉兄弟は「(浪人すれば)二人とも東大に行けただろう」(我喜屋監督)というほどの秀才兄弟。弟にレギュラーを譲る形で三塁コーチャーになった兄の大将は卒業後にAO試験で早稲田大学へ。早稲田大学を選んだのは子どもの頃に図書館で読んで興味を持ったという「紛争解決学」を学ぶため。進学後は紛争解決のサークルを立ち上げて活動し、卒業後はイギリスのウォーリック大学大学院に留学。現在はJICA職員として働いています。将来的には海外勤務する予定で、南スーダン、パレスチナでの勤務を希望しているそうです。

「恐怖の1番バッター」として甲子園で大活躍した弟の大陸は指定校推薦で明治大学へ。進学後は夢であった公認会計士試験を目指して猛勉強。勉強は辛かったそうですが「根性」で乗り切り、大学3年時に公認会計士試験に合格。東京での税理士法人勤務を経て今は沖縄に戻って父の税理士事務所を継いでいるそうです。

甲子園で春夏連覇するチームのベンチにこんな「文武両道」の選手が2人もいたとは知りませんでした。しかし、文武両道を実践した選手はもう一人いました。控えキャッチャーとして甲子園ベンチ入りした名嘉真武人。彼はなんと四浪して国立大の歯学部に合格し、現在は長崎大学歯学部5年生だそうです。

以前に仕事でお話を伺ったことがある、東大野球部前監督の浜田さんがこんなことを言っていたのを思い出しました。「高校野球を頑張った人間は某かの成功体験を持っている。成功体験を持っている人間は勉強だって頑張れます」

プロを目指していた4番バッター眞榮平の進学先は明治大学。しかし、本書を読む限り「島岡野球」の明治の体質が眞榮平には合わなかったようです。あるコーチに目の敵にされ、意見をすれば「反抗的な態度を取った」として謹慎を命じられたり、レギュラーにもなれずにもがき苦しんだ4年間だったようです。
しかし、そんな眞榮平を「(春秋で5本くらいのホームラン)そんくらい打てるぞ、こいつ」と高く評価したOBがいました。元ヤクルトの4番広澤克実氏です。善波監督(当時)とも同期ということもあり頻繁にグランドを訪れては眞榮平を熱血指導しました。詳細は割愛しますが、広沢氏の面倒見の良さには感動させられます。すっかりファンになってしまいました。ちなみに現在は中学硬式野球のポニーリーグの理事長にも就いています。

卒業後は社会人野球の名門JR東日本に進んだ眞榮平でしたが、ここでもレギュラーになることはできず3年で引退。現在はJR東日本で社業に専念しているそうです。

甲子園で打ちまくった3番バッター我如古は立教大に進み、4年時には4番でキャプテンも務めたました。彼もまた迷い、葛藤した4年間でした。しかし、最終学年で結果を残し帳尻を合わせることができた4年間だったようです。しかし、卒業後に進んだ東京ガスの4年間は試合にもあまり出ることができず、最終的にはキャッチボールもできないほどのイップスになってしまったそうです。
我喜屋監督のもと、のびのびと本能のまま野球をやって育った少年は、いつしか「考える」ようになり、そして考えるあまりボールも満足に投げられなくなってしまったのでした。

あの夏、沖縄県民を熱狂させた甲子園の投打のヒーロー、島袋と我如古が現役生活の晩年に共にイップスに苦しむとは、読んでいてこちらの胸も痛くなりました。
我如古は眞榮平と同様に今は社業に専念しているそうです。

と、ここまで書いておいて何ですが、この本のハイライトは巻末の「少しながめのあとがき」だと思っています。同級生達が甲子園で活躍し、華やかなスポットライトが当たっている様子をメンバーに入れなかった同級生達はどんな風に見ていたのか? 多感な時期、ある者は屈辱を感じ、ある者は現実から目を背け、ある者はそれをバネに奮起するー。
当時の3年生全45人に話を訊いたという松永氏が、敢えてメンバー外だった面々にスポットを当て、多くの証言を掲載しています。
3年間メンバー外だったある選手の宝物は、甲子園優勝後に対戦相手の東海大相模のメンバー外の子と一緒に撮った写真だと言います。

もう一つの「甲子園春夏連覇のその後」が最後にありました。本書を読む多くの人が、むしろメンバー外のメンバーに感情移入し共感されるのではないでしょうか。これだけで一冊本が書けそうです。

甲子園の季節にぜひ読んでほしい一冊です。

「まかちょーけ 興南 甲子園春夏連覇のその後」(2020/7/17)

松永多佳倫
集英社
748円

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