店主推薦本「甲子園という病」

■店主推薦本(4)

「甲子園という病」

・著者:氏原英明
・出版社:新潮社
・価格:778円

店主の感想

連日の猛暑がニュースとなり「屋外での運動は危険です」とご丁寧にアナウンスされているにも関わらず、当たり前のように高校野球地方大会は開催され、甲子園も当たり前のように行われている。

西東京大会の決勝では試合終了後に先発完投した日大鶴ケ丘のエース投手が熱中症と思われる症状で救急搬送されている。甲子園でも今年は例年以上に試合終盤に足を攣る選手が目立つ。ようやく大会の在り方に対する疑問の声などがネットメディアなどで取り上げられるようになってきたが、「甲子園メディア」はそれらを美談にこそすれ、問題として指摘する声はあまり聞かれない。

当たり前のことが当たり前ではないことの多い高校野球。そして甲子園。その在り方に鋭く踏み込んでいるのがスポーツジャーナリスト氏原英明氏の『甲子園という病』だ。

野球少年であった店主も中学時代は甲子園で躍動する桐蔭学園の高木大成に憧れ、甲子園を夢見たことがあった(高校野球は直ぐにやめてしまったが……)。甲子園が長い歴史と伝統を誇り、球児たちにとって憧れの舞台となっていることは自然なことだと思う。しかし、甲子園に出ること、甲子園で優勝することを「短期的な目標」として、選手の将来よりも目先の勝利を優先する指導、選手起用がこれまで多くの問題、悲劇を生んできたことは見過ごすべきではないと思う。

野球とは特殊なスポーツで、特定のポジション(投手)の特定の部位(肘・肩)に過大な負担のかかるスポーツだ。甲子園出場、優勝を目指す高校の監督はそのことも考慮した上での投手起用が求められて然るべきだろう。しかし、負ければ終わりの短期決戦に捨て試合などは存在しない。球数が200球に迫ろうが、連投になろうが、どうしても一番勝てる確率の高い(能力の高い)投手の偏向起用になってしまう。
第1章で「甲子園が魅力的すぎる」と回想しているのは木更津総合の元投手で現在は桐蔭横浜大学で主将も務める千葉貴央だ。2013年の夏の甲子園、2回戦の西脇工業戦で肩の痛みを押して先発マウンドに上がったものの山なりボールしか投げられずにマウンドを降りた投手といえば思い出される方もいるだろう。

肘が痛くても肩が痛くても監督に「いけるか?」と問われ「いけません」といえる球児が何人いるだろうか?目の前に甲子園のマウンドがあるのに自ら投げない選択ができる球児が何人いるだろうか?

本来は本人が投げたがってもそこにブレーキをかけるのが大人の役目のはずだが、なぜか監督も高野連も積極的にブレーキをかけたがらない。そしてそれはいつの間にか「熱投!」「肘の痛みに耐えて力投!」といった美談にすり替えられてしまう。
高野連はメディカルチェックを行っているそうだが、「顔を洗うことも辛い状態だった」千葉の肘、肩の状態で「問題なし」という判断を下したのであれば、何のためのメディカルチェックなのかと言いたくなる。

本書の中では「プレイヤーズファースト」という言葉が度々出てくる。高校野球、甲子園には決定的に「プレイヤーズファースト」という理念が欠如していると思えてならない。ここでは書ききれないが、本書では昨年の選抜大会で共に引き分け再試合を戦った福大大濠(福岡)と健大高崎(群馬)の投手起用に関する監督の「プレイヤーズファースト感」の比較、考察も行われているのぜひ読んでみていただきたい。

第3章の松坂大輔と黒田博樹の比較もなかなか考えさせられる。
高校野球という舞台だけを考えれば二人が残してきた実績には天地ほどの差がある。松坂の活躍は説明するまでもないが、黒田は上宮高校時代は2枚エースの影に隠れた3番手。酷使されることもなかった代わりに甲子園のマウンドを踏むことはできなかった。しかし、活躍の舞台をプロ野球、MLBに移すと30歳辺りから故障で苦しみ続ける松坂に対して、黒田は40歳過ぎまで一線級の先発投手として活躍し、松坂を上回る実績を残して惜しまれつつも引退した。

黒田の残した実績は確かに素晴らしい。しかし、黒田と松坂を比較して松坂を甲子園の被害者のように書いていることに店主は違和感を感じずにいられなかった。松坂の残した実績も十分に成功者と言えるはずだからだ。だが、氏原氏の次の投げかけに「はっ!」とさせられた。

しかし、彼の持っていた才能が「メジャーリーグ最高のピッチャーに与えられるサイ・ヤング賞を何度も獲れるほどのもの」だったとしたら、どうだろうか。「甲子園優勝」という短期的な目標設定は、良かったのか……

この点については本書の中で、松坂を育てた元横浜高校部長、コーチの小倉清一郎氏も松坂を高校時点で完成させすぎたことを悔いているととれるような回想をしている。

「甲子園出場」「甲子園優勝」という短期的な目標設定はあってしかるべきだと思う。しかし、同時に甲子園の先にある球児達の将来も見据え、長期目標を持たせることもまた必要なことだと考えさせられる。甲子園の先の目標があれば、肘や肩に異常があってもマウンドに上がるという「玉砕登板」も防げるようになるのではないだろうか。

この他にも依然として問題点の多い高校野球、甲子園。しかし、第7章、第8章で取り上げられている福知山成美(京都)の元監督で現在岐阜第一で監督を務める田所孝二氏や美里工業(沖縄)で「文武両道」を実践している神谷憙宗氏の取り組みには高校野球の本来あるべき姿、そして希望を見いだすことができる。

本書のタイトルからは甲子園を否定している内容に思われるかもしれないが、問題点は問題点として指摘しつつ、改革の提言として前向きに読むことができる。甲子園ファンにこそ甲子園開催中にぜひ読んでいただきたい。

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