■店主のオススメ(3)
「紡がれる100の歩み 名将たちが語る「これから」の高校野球〜伝統の継承と革新〜」
・著者:大利実
・出版社:インプレス
・価格:1620円(Kindle版1404円)
店主の感想
本を読んでいて、「いいこと言ってるなぁ」、「ここは後でもう一回読み返そう」と思ったらページの端を折る(「ドッグイヤー」というやつ)ようにしている。ちなみに「名将たちが語る『これから』の高校野球」(大利実/インプレス)を読み終えたあとはこんな感じになった。
「ドッグイヤー」が集中している箇所を開いてみると「平田徹監督(横浜)×森林貴彦監督(慶応)」のスペシャル対談の章だった。
以下、私が「ドッグイヤー」したページの印象深い言葉をいくつか紹介させていただく。
森林貴彦監督(慶応)
「指導者に教えてもらう前に、まず自分で考えてほしい。自分の考え、意図、意思があったうえで、練習にのぞめているか。何も考えずに、ただ言われたことだけやっていたら、これからの時代、AIに勝っていくことはできません」
子ども達が社会に出たときに、「AIに勝つ」ことまでを考えて野球の指導をしている監督が全国に何人いるだろうか? ちょっと衝撃を受けた。さすがは慶応の監督。
「(監督に任されて、考えて、実行するということが最高に面白かったという自身の経験を踏まえて)たとえ優勝できなかったとしても、こうしたプロセスがその子にとって意味のあるものとして残るのであれば、それもありなんじゃないかなと思う自分がいます。日本一になって何も残らないよりは、いいんじゃないかなと思いますね」
「日本一になって何も残らないよりは、いいんじゃないか」この言葉はとても考えさせられる。
「野球サイボーグ」のような指導、練習で日本一になったとして、その成功体験は社会に出てどのように役立つだろうか? 「理不尽な事への耐性」と「根性」も立派だとは思うが、これからの社会に必要な人材は、自ら考え、自ら行動できる人間ではないだろうか? そんなことを森林監督は言っているのだと思う。
平田徹監督(横浜)
「おれもいろんな考えを持っているけど、まずはみんなの考えを聞かせて欲しい。ウィークポイントの強化策や、練習に対する考えなど、何でもいいからアイデアを聞かせて欲しい」
「指導者が『こうだろ、分かったか!』『ハイ!』では何の意味もなくて、『お前はどう思ったんだ? どうしてそのプレーを選んだんだ?』とアプローチを変えてみると、その瞬間に一生懸命考え始めます」
地方予選1、2回戦で負けるような高校の監督が言っても説得力がない。神奈川大会三連覇の横浜高校の監督が言っているから説得力を持つ。
森林監督、平田監督も共に子供達に考えさせる重要性を説いている。「上位下達」「絶対服従」というイメージの強い高校野球において、強豪高校の監督がこのように考えていることに高校野球の新しい風を感じる。どちらかの監督が甲子園で優勝することができれば、高校野球の世界にパラダイムシフトが起こるような気さえする。高校野球の未来のためにも頑張って頂きたい。
本書ではこの二人の監督だけでなく、全国の伝統校・実力高の監督のインタビューも多数収められている。印象に残った監督たちの話も紹介させていただく。
中井哲之監督(広陵高校)
中井監督はグラウンドに携帯電話を持っていかないそうだ。何とも取材者泣かせな話ではあるが、
「選手が真剣勝負しているのに、監督がグラウンドで『もしもし』なんてやっていたら、選手はどう思いますか?」
という事らしい。
確かに取材させてもらったグラウンドでスマホをいじっている監督を見ると「何だかな……」と思ったことは一度や二度ではない。
しかし、現在はスマホやIpadを積極的にグラウンドに持ち込み、練習に活用している高校も多くある。「グラウンドで携帯禁止」を自らに課すことで野球に対する視野を狭めてしまわないか心配ではあるが、しかし、中井監督には「広陵WAY、中井WAY」を変えずに歩んで頂きたい。
鍛冶舎巧監督(県立岐阜商業)
本書を読んで思った鍛治舎監督の印象は「望む結果から逆算して最短距離の方法を取り入れることに躊躇がない合理主義者」。そのためには周囲からの批判、軋轢も気にしない。高校野球界の「ホリエモン」という印象(褒め言葉のつもりです……)。こういう方でないと古い組織でイノベーションは起こせないと思う。
余談だが、私の父は松下電器の系列会社で長年勤めていたが、鍛冶舎さんが専務をされていた時代に早期退職においこまれた過去がある。父が鍛冶舎さんをどう思っているかは分からないが、本書を読むにつけ「あぁ、この人ならやるだろうな」と納得することができた(苦笑)。
和泉実監督(早稲田実業)
本書に登場する監督さんの中で「上司にしたい度No.1」。
「和泉監督は野球を教えてない指導者」「早実の選手は基礎ができていない」と言われることについて、「野球が本当に好きならば、自分から練習するし、研究もするし、それでいいんじゃないか?」と言ってしまう和泉監督。こんな人が上司だったら、部下はやりやすいだろう。反面、自分に甘いとどこまでも堕落してしまう怖さもあるが、早実に合格する頭脳と早実で野球をやりたいと入部してきたモチベーションが高い子ども達には余計な心配だろう。
原田英彦監督(龍谷大平安)
本書を読んで最もイメージが破壊された監督。もちろん、いい意味で。
これまでのイメージは「ザ・怖い監督」。しかし、この夏のニュース映像を見て我が目を疑った。
京都大会で優勝し甲子園出場を決めたあとのインタビューで、原田監督がベンチ、スタンドの部員達に向かって「お前達ー最高だぜ〜」(*1)と絶叫しているではないか! 天龍源一郎が「ハッスル!ハッスル!」をやった姿を見たとき以来の衝撃を受けた。
龍谷大平安、原田監督!
「お前たち最高だぜ!」 pic.twitter.com/GEvas94g7L— 人生送りバント (@18ace56) 2018年7月26日
寮でのスマホOK、週1回のオフ(週1回オフがあることにもびっくり。365日練習してると勝手に想像していただけに)は門限22時さえ守れば遊びに行ってもいいということにも驚いた。
「イオンに行って、ふらふらしていますよ」(原田監督)。
極めつけが、伝統である「網なしグラブ」を使った守備練習について、「平気で『痛いです』って言うてきます。だからもう、今年は伝統を捨てました。やらない!」と言い切ってしまう潔さ。
ここに至るまでに様々な葛藤もあったと思うが、いろんな背負ってきたものと目の前にいる子ども達を見比べて、今の時代はこうすることが得策だと考えたのだろう。ある意味「悟った」と言えるのかもしれない。
伝統校で、58歳にしてそれができたことが凄いと思う。まさに「不易流行」(*2)。
新しい平安(敢えて旧校名)を甲子園で早く見てみたい。
まだまだ、紹介したい監督もいるのだが、続きは購入して読んで頂きたい。
毎日見ている甲子園が、また違った見え方がしてくることだろう。
(*1)東京ディズニーシーの人気アトラクション「タートル・トーク」で、ウミガメの「クラッシュ」が来場者に向けて言うセリフ
(2)*いつまでも変化しない本質的なものを忘れない中にも、新しく変化を重ねているものをも取り入れていくこと。また、新味を求めて変化を重ねていく流行性こそが不易の本質であること。
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