【発売情報】「元ヤクルトスワローズチーフスカウト鳥原公二 プロ野球スカウトの裏話 トリ物帖」(2020/8/25)

鳥原公二
舵社
1540円

夕刊フジ連載の「元ヤクルトチーフスカウト鳥原公二 トリ物帖全31回をベースに、多くの原稿を加筆し改題したもの。
1987年から2016年までにドラフトされた選手の中から、印象に残った選手をピックアップし、当時の様子を紹介。また、それぞれの選手のアマチュア時代のプロフィールも掲載。

第1章 スカウト活動の裏話1
長嶋一茂 1987年 一茂は〝大物〟だった
川崎憲次郎 1988年 スカウト第一号の川崎憲次郎が2年生でビックリ
古田敦也 1989年 「メガネをかけている」の真相は
高津臣吾 1990年 小池秀郎が当たっていれば岡林洋一も高津臣吾も獲れなかった
石井一久 1991年 九州から関東に担当替えで石井一久を獲得
伊藤智仁 1992年 松井秀喜よりも伊藤智仁を野村克也監督が推したワケ
清水千曲 1992年 創価に清水千曲という、いい選手がいるんだけど
山部太 1993年 山部太の腰に針が発覚でビックリ
稲葉篤紀 1994年 耳を疑った稲葉篤紀の指名
野村克則 1995年 カツノリの入寮で母サッチーが部屋から出てこない
伊藤彰 1996年 1位指名が最後まで決まらず伊藤彰を指名
高橋由伸 1997年 相思相愛のはずの高橋由伸がまさかの巨人逆指名
五十嵐亮太 1997年 野村克也監督の潔さで五十嵐亮太を獲得
松坂大輔 1998年 親会社が後押しも松坂大輔を強行指名できず
赤星憲広 2000年 赤星憲広はチーム事情で獲得を見送った
石川雅規 2001年 苦戦した逆指名を巡る石川雅規の争奪戦
高井雄平 2002年 雄平の両親からうれしい言葉
青木宣親 2003年 青木宣親が大化け、4位以降がスカウトの腕のみせどころ

コラム 野村克也さん

第2章 現役時代
プロ初アウトは王貞治さんから
宮崎商業から東洋紡岩国に入社
ヤクルトからまさかのドラフト指名
1年目に日本一
緊急登板でプロ初勝利
抑えでプロ野球の素晴らしさを痛感
最後の試合で初安打と盗塁
原辰徳キラーとして自信
幻のメジャーリーグ挑戦話
入団時の監督は広岡達朗さん
松岡さんは天才、何をやっても凄かった
入団した頃の正捕手は大矢明彦さん
甲子園のアイドルだった荒木大輔投手、当時の人気はハンパではない
同期入団の尾花高夫は若い時から違った

第3章 スカウトとは
スカウトは人脈づくりに地道な作業が大切
夏は暑く、春は寒い甲子園視察
ストップウォッチ計測やビデオ撮影も統一
選手のランク分けのチェック項目
調査票で入団の有無を確認
シミュレーションは入念に4、5パターン
契約金の交渉も大変
育成選手は倍の練習では差は縮まらない

第4章 スカウト活動の裏話2 チーフスカウトになってから
松岡健一 2004年 上手くいった松岡健一の逆指名
村中恭兵 2005年 衝撃を受けた村中恭兵と評価の低かった川端慎吾
田中将大 2006年 田中将大回避で増渕竜義指名の裏事情
加藤幹典 2007年 10年に1人の逸材が活躍できない理由
赤川克紀 2008年 10年は安泰だと思ったドラ1四兄弟
中村悠平 2008年 正捕手が固定できず中村悠平獲得を強く訴えた
中澤雅人 2009年 謎電話がかかった中澤雅人を6年後に1位指名
佐藤貴規 2010年 二転三転し育成選手で指名した佐藤貴規
斎藤佑樹 2010年 斎藤ご両親から出された2つの条件
西田明央 2010年 西田明央を獲得へプロフィール修正
高橋周平 2011年 アドバルーンをあげた高橋周平を獲得できず
小川泰弘 2012年 低評価の石山泰稚とライアン小川獲得で大成功
大谷翔平 2012年 二刀流の大谷翔平は打者として考えていた
秋吉亮 2013年 上位で消えていたはずの秋吉亮を3位で獲得
大瀬良大地 2013年 大瀬良大地のくじを引きたかった
真中満監督 2015年 真中満監督よりも先にガッツポーズ
寺島成輝 2016年 甲子園は選手を比較できる貴重な機会
梅野雄吾 2016年 衝撃を受けた山本由伸を指名しなかった理由

ヤクルトスワローズ前監督 真中満

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