今月の一冊!「投げない怪物」

2019年10月に読んだ野球本の中から特に面白かった1冊を紹介します!

(著者:柳川悠二/出版社:小学館/価格:1650円)

店主の感想

表紙とタイトルを見る限りは、大船渡・佐々木朗希のこの夏の騒動を検証するノンフィクション作品かと思っていました。正直、その話題はもうお腹いっぱいですし、議論も出尽くした感もあったのであんまり興味を惹かれませんでした。しかし、ライフワークにしている書店巡りをしていると、やはり目にとまり、パラパラとめくっていくと想像とはまるで違う内容でした(本の表紙、タイトルだけでは分からないものですね。Amazonだけではやっぱり本の魅力は伝わりきらないですね)。

本書の内容があまりにも濃密すぎるため、店主の筆力では本書の面白さを余さず伝える自身がありません。ですので特に面白かったいくつかの章をざっと要約する形でこの本の面白さをお伝えしたいと思います。

■零章「令和の怪物の『短すぎた夏』」
■第1章「甲子園から『先発完投』が消えた」


▼内容要約
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この夏、日本中の野球ファンの間で論争を巻き起こした、岩手県大会決勝における大船渡・佐々木の登板回避騒動。
今夏の甲子園に出場した全49校のうち、地方大会で1人の投手しか登板していないのは鳴門高校(徳島)だけだった。その鳴門高校は甲子園では二回戦で仙台育英(宮城)に敗れたが、試合後に大手新聞社の記者から「なぜ1人で投げさせたのか」と追求にあった。
ちょうど一年前、地方大会から甲子園決勝の途中まで、吉田輝星1人に投げさせた金足農を「高校野球のお手本のようなチームでした」と日本高野連会長の八田英二が称賛してからわずか一年。高校生投手の連投、酷使に対するメディア、ファンの目は厳しくなっているのだ。

その流れを今年、決定的なものにしたのが上述の佐々木の登板回避騒動。この夏の甲子園を制した履正社(大阪)、準優勝した星稜(石川)も継投で勝ち上がっていたし、準決勝で敗退した明石商(兵庫)も「これで負けたらそれまでのチームだったということ」とエース中森を準々決勝で温存し、決勝戦から逆算した投手起用を行った。東海大相模(神奈川)、仙台育英などの強豪私学も同様に複数投手を起用して勝ち上がった。
「球数制限」の導入を待たずして、高校野球は複数投手の継投の時代に入ったと言えるだろう。
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有望な中学生を巡る強豪私学の獲得合戦、そして選ぶ側の中学生とその親はどんな視点で高校を選んでいるかについて迫る、第2章〜第4章も面白いです。

■第二章「『未来の怪物』争奪戦」
■第三章「選ばれる強豪校の条件」
■第四章「新・怪物の作り方」


▼内容要約
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U15侍ジャパンのトライアウトは全国の強豪私学関係者への格好の見本市と化している。昨年、このトライアウトを経て選ばれた20名の侍選手たちはそれぞれ全国の強豪私学へと進んでいった。

・大阪桐蔭(大阪)5名
・天理(奈良)2名
・青森山田(青森)1名
・東海大菅生(西東京)1名
・日大三(西東京)1名
・横浜(神奈川)1名
・桐蔭学園(神奈川)1名
・東邦(愛知)1名
・中京大中京(愛知)1名
・大垣日大(岐阜)1名
・智弁学園(奈良)1名
・広島新庄(広島)1名
・福大大濠1(福岡)名
・鹿児島実業(鹿児島)1名
・中学在籍中1名

大阪桐蔭を選んだ選手の数が突出しているのが分かるだろう。かくもなぜ、大阪桐蔭は有望な中学生たちから人気が高いのだろうか?
トライアウトの現場で「未来の怪物」たちに話を聞いていて見えてきたこととして著者は以下のように述べている。
「『甲子園で燃え尽きる』ことなど、誰も考えていないということだ。甲子園出場は夢の通過点でしかなく、その先に待ち受けるドラフト指名や大学進学、果てはプロ野球選手としてのキャリアまで見据えて、高校を選択していることが見えてきた」

「あえて乱暴に要約すれば、『甲子園で勝つことだけを目標に、選手を酷使するようなチームには行かない』といった見識すら見て取れる」

「『スカウトする側』の高校もまた、中学生やその親の厳しい評価の目にさらされる時代になったのである」

そういった面で、大阪桐蔭は有望な中学生選手達から選ばれるヒエラルキーの頂点に君臨しているのは、ある意味当然の結果ともいえるのかもしれない。

また、全国各地の有望な中学生選手達は小学生年代から代表チームなどで顔見知りになっており、LINEなどでその後も連絡を取り合い、極端に言えば「みんなで大阪桐蔭に行こう!」などという話もされているようだ。
「地元のみんなで甲子園に行こう!」と地元の仲間達と声を掛け合っていた昨年の金足農とはスケールが違う。前者は令和以降の強豪のあり方を示唆し、後者は昭和、平成までの古き良き時代の強豪校のあり方を示唆しているようだ。時代はどんどん変わっているのだ。

時代が変わってきていると言えば、中高一貫して6年計画で強化を図る高校が増えてきたことも新しい流れと言えるのかもしれない。近年甲子園に出場している主な中高一貫校としては、明徳義塾、高知(ともに高知)、仙台育英(宮城)、星稜(石川)、札幌大谷(北海道)などがそれにあたると言える(青森山田、大分などもですね)。

いわゆる「スーパー中学生」として全国にその名を轟かせる選手も近年多いが、青森山田、仙台育英、高知などの附属中学の「スーパー中学生」たちがそのまま付属の高校に進学し、入学から早々に能力の高さを見せている一方で、明徳義塾中学の2人のピッチャーは付属の高校に進学せず、それぞれ大阪桐蔭、愛工大名電(愛知)に進学した。これいついて明徳義塾の名物監督馬淵氏はこのように語っている。
「わしも引き留めはしたんやけど、よその学校に行きたいと言うのなら仕方ない。(中略)『よその方が強いから』と言われたら、こちらは何も言いようがない。親御さんの意向もある。隣の芝は青く見えるんやろうね…..」

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概ねこんな感じの内容でした。

明徳の件は、今どきの子、今どきの親の選択とも言えるかもしれませんが、何かドロドロしたものを感じてしまうには店主だけでしょうか……

とてもこの本の内容全てについては紹介しきれないのですが、少なくとも本書が「佐々木朗希のこの夏の騒動を追ったノンフィクション」だけではないことはお分かり頂けたのではないでしょうか?
高校野球のみならず、現在の有望な中学球児たち、そしてその親たちの考え、見据える先などについても知ることができる、とても中身の濃い一冊だと思います。

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